K’s diary

独断と偏見に満ちた映画評です。いや、映画だけじゃなくなるかも…

ジョン・カーペンター監督の真骨頂「エスケープ・フロム・L.A.」

1996年製作の映画「エスケープ・フロム・L.A.」

ジョン・カーペンター監督、カート・ラッセル主演。

 

本来なら、「ニューヨーク1997」の書評をするのですが、こちらの作品の方が分かりやすく、キャラも立っているので、紹介するしだいです。また、続編兼リメイク&セルフパロディみたいな映画ですね。

 

2000年、流刑地と化したロサンジェルス。現大統領の娘が機密装置を奪取して、この流刑地に逃亡します。

アメリカは極端な政治的志向の国と化しており、報道統制、禁止事項が蔓延し、本来罪人ではないような人も政府の意向にそぐわなければ、ロサンジェルスに送り込まれます。

その流刑地に、かつて戦争の英雄・今は無法者のアウトロースネーク・プリスキンが機密装置奪還のため、派遣されます。

彼は基本、他人の言う事を聞かないし、政府の仕事などまっぴらごめんと言った人物です。なので、ほぼ8時間過ぎると神経細胞が破壊されるワクチンを打たれ、渋々ながらこの任務に就きます。

 

何と言っても、この主人公、スネーク・プリスキンの人間像が男臭い魅力に溢れていて、その反骨精神に中二病的な心を揺さぶられます。眼帯もしてるし。

スネークと呼ばれれば、プリスキンと呼べと言ったり、プリスキンと呼ばれれば、スネークだと返したり、愛煙家で、法を侵す事など気にもしないアウトローっぷりです。軍人からは「80年代的だ」と言われたりもします。

権力にも組しない、基本誰ともつるまない、立場の弱い者はかばったりもするところがあって一癖も二癖もありながら、筋がある役どころです。

この役をカート・ラッセルが好演しています。

「遊星からの物体X」のマクレディ役もそうでしたが、当時のカート・ラッセルはこういったアウトロー的な役どころがぴたりと嵌まる俳優さんですね。

 

また流刑地で知り合うエディという男もなかなかの曲者っぷりで好感が持てます。この役をスティーブ・ブシェミが演じています。「レザボア・ドッグス」や「ファーゴ」等で脇役ながら印象的な俳優さんです。

 

スネーク・プリスキンは、アウトローとして名が知られている事もあり、けっこういろんな人が協力してくれたりします。

ピーター・フォンダ演じるパイプラインとサーフィンをするところなんか、もうアクション通り越して、ギャグの域に達しています。

 

CGも割と駆使されているのですが、どこか安っぽい感じがするところも、この監督らしさが出ていてB級っぽさ全開ですね。

 

また、カーペンター監督は自身の映画の音楽も担当する事が多いのですが、このメイン・テーマ曲がとても印象に残ります。オープニングでこの曲が流れると、思わず映画の世界に引き込まれてしまいます。前作を知っていると、特にそうですね。もちろん、前作の予備知識がなくとも楽しめる映画になっています。

 

ラスト、は敢えて書きませんが、カーペンター監督らしい皮肉たっぷりの反骨精神がみなぎっていて、こういうのが観たかったんだよ、という欲求を満たしてくれます。

 

乱筆乱文、ご容赦の程を。

 

 

 

 

 

モンスターパニックものをバディものに落とし込んだ快作「トレマーズ」

1990年公開の映画「トレマーズ」。

監督はロン・アンダーウッド。主演はケヴィン・ベーコン、フレッド・ウォード。

 

続編がけっこう作られていますが、これもあまりメジャーな映画ではないようですね。ちなみに続編は観ていませんが、あまり評判はよくありません。やはりこの一作目が一番じゃないかと思います。

 

西部の田舎町パーフェクション。この町は住民が数十人しか住んでいなくて、のんびりとした穏やかな町です。

そこで便利屋を営むバルとアール。二人は悪態を付きながらも、どこか楽し気に雑用をしていました。

しかし、いい加減その日暮らしの生活に飽き飽きしたのか、一攫千金を求めて街を出ていこうとします。もうこの辺の設定からして、お馬鹿でユーモアな感じがします。

その途中、不審な出来事に次々遭い、仕方なく町に戻ってきます。

どうやら、地中に住む謎の生物に襲撃を受けたようなのです。

不審な出来事の現場を辿っていくと、徐々にパーフェクションに近づいている事に気付きます。

住民たちは団結して、その怪物と対峙しようとしますが…。

というようなストーリーです。

 

このバルとアールを、ケヴィン・ベーコンとフレッド・ウォードが好演しています。この凸凹バディがどこか間が抜けていて、ユーモアあふれる感があり、モンスターパニックものながら、楽しい雰囲気にしてくれます。

ケヴィン・ベーコンは割と有名ですね。フレッド・ウォードは、「レモ 第一の挑戦」で主人公を演じていましたが、この映画自体もマイナーですね…。私は好きなんですけど。

この二人、普段は冴えない感じですが、いざモンスターと対峙すると、抜群の機転と行動力で次々と怪物対策を講じていきます。

また、パーフェクションの住人たちも個性的で印象に残ります。

怪物の一部をだしに、一儲けする雑貨店のウォルター。いたずら好きの少年メルビン。ガンマニアのバート夫妻等、個性的な人物がそろっています。

またヒロインは、頻発する地震の調査に来た大学院生ロンダ。彼女は持ち前の知識を生かして、怪物の正体を暴き、弱点を見つけていきます。

 

まず、この怪物の設定とデザインが秀逸です。

地底に住んでいるため、音や振動を感知し、獲物を狩っていく。また、知能・学習能力も高く、一度かかったトラップにはひっかからないという厄介な存在です。

それに対抗する人々との攻防戦が見ものになっていて、アクション映画としても楽しめる作りになっています。

この怪物との戦いで面白いのは、住民たちとロンダが、持ち前の個性や知恵を駆使して、立ち向かっていく様が描かれていているのです。これは脚本の良さが際立っていますね。

ラストも、モンスターパニックものながらも、爽やかな締めくくり方で鑑賞後の充実感も良いです。

 

ちなみにトレマーズとは振動、地震と言った意味の複数系で、ここにも怪物の正体を暗示する題名になっていて、良く出来た映画だと思います。

 

乱筆乱文、ご容赦の程を。

 

 

 

 

 

 

 

 

前作から20年ぶりのロメロのゾンビ映画「ランド・オブ・ザ・デッド」

2005年公開の映画「ランド・オブ・ザ・デッド」。

ジョージ・A・ロメロ監督作品。

 

ジョージ・A・ロメロ監督の名を知らずとも、ゾンビを知らない人はあまりいないのではないでしょうか。

死者が甦り、人肉を食らう化け物、ゾンビ。このモンスターを題材に、たくさんの映画、ゲーム、アニメ、果ては比喩語としても使われていますね。最近のゾンビは走るゾンビが主流ですが、ゾンビの基本設定を確立したのがジョージ・A・ロメロ監督です。

それは初期の作品「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」で確立されました。

甦った死者。人肉を食らう。噛まれた人間もゾンビになる。ふらつきながらゆっくりと歩く。これらの特徴ですね。

ちなみにゆっくり歩くのは、ロメロ監督曰く、「植物の論理で、知らないうちに増殖し、いつの間にか包囲されている恐怖」を描きたかったそうです。

そのゾンビ映画の御大、ジョージ・A・ロメロが前作「死霊のえじき」(この邦題も考えものですが)から、実に20年振りに公開されたゾンビ映画が、本作「ランド・オブ・ザ・デッド」です。

 

近未来、原因不明の事象により、世界中で死者が甦り、人間を襲ったため、人間は生きる場を失い、人口もかなり減った世界が舞台です。

アメリカ、ペンシルベニア州ピッツバーク。三方を川で隔離された都市で、人々は生活していました。その頂点に立つ人物がカウフマン。街は富裕層とスラム階級に分かれ、格差社会、覇権社会が色濃く滲んでいます。

主人公ライリーは、物資補給係として傭兵部隊を率い、ゾンビと戦いながら、各地から物資を調達していました。

彼の傘下にいたチョロは貯めたお金で富裕層に食い込もうと画策していましたが、カウフマンに拒否され、対ゾンビ装甲車デッド・レコニング号を乗っ取り、街を攻撃すると脅迫に出ます。

ライリーは、相棒のチャーリー、ひょんな縁で知り合った勝気の強い女性スラックと共に、その阻止に向かいます。

 

役者陣がわりと豪華ですね。

カウフマン役にデニス・ホッパー。ライリー役にサイモン・ベイカー。チョロ役にジョン・レグイザモ。スラック役にアーシア・アルジェント。この人は、イタリアの映画監督、ダリオ・アルジェントの娘さんですね。

 

本作はホラー映画の部類に入るのですが、役柄が一くせも二くせもある人物が多いので、人間描写も面白い部分の一つです。

特にチョロ役のジョン・レグイザモが、野心家でありながら、反骨精神のある役柄を好演しています。また、「ゾンビになるのも悪くない」などと言ったりして、ハードボイルドなところも好印象大です。

また、ゾンビの中にも、より知恵のあるゾンビがいて「ビッグ・ダディ」という呼称で呼ばれていて(ちなみに劇中ではその名は呼ばれません)、ゾンビ側にも感情移入してしまうところもあり、一筋縄ではいかない印象を与えてくれます。純粋に怖がらせるホラーではなく(びっくりするシーンも多々ありますが)、色々考えさせられる作りになっています。

逆に主人公のライリーが、あまりアクがなく、正統派のヒーローみたいな印象です。この辺もホラー映画らしかぬところですね。

 

ジョージ・A・ロメロ監督は、自身の映画にメッセージ性や社会批判を盛り込む事が多く、この作品もご多分に漏れません。

格差社会、覇権主義批判といったテーマが根底にあって、この辺も考えさせられます。

まあ、映画にこういったテーマがあるのを嫌う人もいるので、そういう方にはあまりお勧めできないかもしれません。

 

また、ガンアクションもなかなかの出来で、主人公も早撃ちの名手で一撃でゾンビを仕留める腕前を持っています。

主人公の相棒チャーリーも、狙いを付ける時は銃の照準に唾を付けて狙いを良くするなど、工夫が施されています。

チョロも銛打ち銃をアンクルホルスターに装備しているという個性派です。

 

ここまで書いてきて、お分かりになるかもしれませんが、あまりホラーらしくないのです。むしろサバイバル・アクションと言った方が正しいかもしれません。

それなりにショックシーンやグロい描写もありますが。

 

最後、行き場を求めて彷徨うゾンビたちを見て、主人公は「俺たちもあのゾンビたちと同じだ」と言い、人の少ないカナダへ向かうシーンで幕を閉じます。

私は、名作と呼ばれる「ゾンビ」DAWN・OF・THE・DEADよりこちらの作品の方が好みです。

 

 

乱筆乱文、ご容赦の程を。

 

 

 

 

 

無敵のハンディキャップ「AIKI」

2002年公開の邦画「AIKI」。天眼大介監督。加藤晴彦主演。

 

この映画、存在自体知らない方も多いと思います。

 

主人公芦原太一はバイクを運転中に交通事故に遭い、下半身麻痺になってしまいます。

それまでボクシングに打ち込み、新人戦で勝利するまでいきますが、車椅子生活では続けられません。

自暴自棄になり、酒浸りの日々。足繁く世話に通ってくれる姉にもぶっきらぼうな態度をとり、見放される主人公。もうこれ以上ないどん底に突き落とされた気分を味わいます。

そんな中、同じ車椅子生活の男や的屋の主人と出会い、仕事にも就いて少しずつ前を向き始めます。

神社の奉納演武で見た大東流合気柔術に、自分の可能性を信じた主人公は、入門して、その平石師範にから大東流の技を教わり、自分自身の今の状況と向き合うようになっていきます。

 

役者陣が豪華ですね。

主人公芦原太一役に加藤晴彦さん。大東流合気柔術の師範役に石橋凌さん。主人公と同じ下半身麻痺の男、常滑役に火野正平さん。的屋の桑名正博さん。違法カジノ専門のギャンブラー、サマ子役にともさかりえさん。

私は石橋凌さんが在籍していたバンド、ARBのファンなので、感慨もひとしおです。

 

この映画の特筆するべきところは、下半身麻痺というハンディキャップを現実的かつ真摯に描いていることです。

車椅子生活の困難さ、排泄や、性の問題までリアルで丁寧な描写がなされ、観る側にいかに過酷な現実なのか、という事をまざまざと突き付けてきます。

当時はバリアフリー等も徹底しておらず、胸が締め付けられるほど、辛いな、大変だなと思いました。

この主人公役を演じ切った加藤晴彦さんは見事としか言いようがありません。

ちなみに、この映画の主人公は実際に存在するモデルがいます。それは、デンマーク在住のオーレ・キングストン・イェンセンという方だそうです。

氏は大東流合気柔術六方会の岡本正剛氏に師事していて段位を持つくらいの達人です。

この映画を製作するにあたり、取材をした天眼監督に氏は、「車椅子生活の描写をリアルに包み隠さず描いてほしい」と話したそうです。

 

大東流合気柔術の平石師範役を演じた石橋凌も、武道の師範としては、控えめで、時には冗談を言う温和で、とても好感が持てる役柄です。石橋凌さんはこの映画のため、実際に大東流を習ったそうですが、映画の中で本当に技がかかっていた、というシーンもあるくらいで、俳優の懐の深さを感じます。

 

ていうか、大東流合気柔術って何?合気道と違うの?という疑問が浮かぶと思います。

大東流合気柔術は合気道の前身になった古武道の一つで、相手が手首等を掴んできた際、瞬間に相手を投げ飛ばす、あるいは動けなくさせる、という普通の生活をしている人から見ると、「そんな事できるわけがないじゃん!」という位理解できない技を使う古武道です。

 

実は、私も映画に影響されて、大東流合気柔術を半年ほど習ったことがあるのです。

岡本正剛氏ご本人に教わったのですが、岡本氏の手首を掴んだ瞬間に投げ飛ばされた自分がいて、びっくりしました。

当時齢80歳になる方に投げ飛ばされたんですよ。本当に驚いて声も出なかったですね。

もちろん武道なので、そこにはちゃんとした理論があるのですが、実際に技をかけられると驚きしかありませんでした。もっとも、それを体得できず挫折してしまいましたが(笑)。

ちなみに合気道は相手の関節を極める武道ですね。似て非なるものです。

この違いは経験者でないと分かりにくいかもしれません。

 

少しづつ大東流の技を習得していく主人公、しかし、そこにも下半身麻痺というハンディが技の習得を妨げるという事態に直面し、葛藤があります。

苦悩しながらも師範の「正しい問いには必ず正しい答えが含まれている」というアドバイスを胸に、葛藤しながらも前進しようとします。

 

この平石師範と主人公の師弟関係がとても麗しく、それは主人公の成長へと繋がっていて、観る者の心を洗わせてくれます。

また、平石師範も実に良いです。決して偉ぶらず、同じ技を修行する同胞として、教える側に接し、穏やかで爽やかな印象を受けます。

過酷な現実の前で、心は荒み、世の中のすべてを恨んでいた主人公は、大東流の修行を通じて誠実さと真摯さを学び、人間として輝きを増していきます。

最終的には、自分を被害者にした加害者にさえ、気をかける心も出てくるのです。

葛藤と成長、車椅子生活の過酷さ、心に訴えかけるものがあり、観る者を惹きつけてやまない映画です。

 

乱筆乱文、ご容赦の程を。

 

AIKI [DVD]

AIKI [DVD]

  • 加藤晴彦
Amazon

 

 

 

 

ヴァンパイア物?いやいや、本格的格闘アクション映画「ブレイド」

1998年製作、ウェズリー・スナイプス主演「ブレイド」

 

原作はマーベル・コミックの「ブレイド」が原作ですが、マーベル・シネマティック・ユニバースには登場しませんでしたね。

後に3まで作られた作品で、ウェズリー・スナイプスの代表作でもある映画です。

 

 

ヴァンパイアが人間と共存している社会。血液の供給源は血液銀行なるものか、特定の人間に絞って暮らしている様子です。

しかし、中には人間を直接襲うヴァンパイアもいます。

主人公ブレイドはそんな人間を襲うヴァンパイアと戦うヴァンパイア・ハンターなのです。

彼自身、ヴァンパイアと人間の間に生まれた混血であり、ヴァンパイアの超人的能力と日中でも行動できる最強のヴァンパイア・ハンターです。

ヴァンパイアは彼を「デイ・ウォーカー」と呼び、恐れてきました。

一方ヴァンパイアの一人、フロストは人間と共存関係を作ってきた長老たちに対して反感を持っており、「暗黒の書」に書かれている邪神マグラを復活させて、人間たちを支配しようと目論んでいます。

そんなフロストをブレイドが見過ごすわけがなく、何度も戦いを挑んでいきます。

 

ブレイド役をウェズリー・スナイプスが演じていて、なかなかはまり役です。

全身黒ずくめのスーツを身に纏い、銃や飛び道具を駆使しながらも、格闘技にも長けていて、ヴァンパイア達を次々に倒していきます。

ウェズリー・スナイプス自身、空手の有段者でもあり、アクションが冴えわたっています。

ショットガンを使ったりしますが、手裏剣のような武器を使ったり、チタン製の刀を使いこなしたりして、まるで忍者のようです。

そう、この映画はヴァンパイア物の皮を被った、忍者風アクション映画なのです。

それでいて、色物的な印象はなく、スタイリッシュな中にもそれなりに重厚な雰囲気があるのは、監督のスティーブン・ノリントンの演出が際立っているからでしょうか。

 

フロスト役をスティーブン・ドーフが演じています。この人はあまり主役を張らない役者さんですが、強烈な印象を観る側に残すいわゆる名バイプレイヤーですね。

今作でもアクが強く、冷酷無慈悲で、目上の存在にも妥協しない野心家として、強い印象がありますね。

 

また、ブレイドは半分ヴァンパイアなので、定期的に血清を注入しないと、血に飢えてしまうのです。それを、ブレイドに助けられた検視官の血液学者のカレンが、より濃度の高い血清を開発したり、ヴァンパイアの弱点になる武器を作ったりして協力してくれます。

またブレイドに協力するウィスラーや、フロストの手下である、マーキュリーやクインなど、脇役も個性的です。

私は脇役が生きている映画は良い映画だと思っているので、この映画もご多分に漏れません。

 

この映画、細かいところにこだわっていて、面白いです。

例えば、ブレイドの刀を他の人間が触ると突起物が出てきたり、フロストとの最終決戦に向かう際に、銀の銃弾を作る描写を丹念に描いたりして、観る側を飽きさせません。

 

また、ところどころにジャパニーズテイストが入っていて、ブレイドが瞑想したり、フロストが日本刀を使ったりもします。

ウェズリー・スナイプスが製作に関わっているので、彼の趣味かもしれませんね。

 

音楽もEDMをアクションシーンに使っていて、ノリノリで観れる痛快アクション映画になっています。この頃からアクション映画にEDM的な音楽が使われるようになってきたと思います。

 

ブレイドは「人を愛する事ができなくなったら、もうおしまい」というカレンの言葉を受けて、ウィスラーの死に際には、人を労わる優しさも見せます。

 

カレンから、人間になれる血清を開発できたことを聞きますが、ブレイドはヴァンパイアと戦うためそれを拒否します。

人を襲うヴァンパイアと戦い続けるヴァンパイア・ハンター、ブレイド。彼の矜持も垣間見えて、アクション映画でありながら奥行きのある映画に仕上がっています。

 

乱筆乱文、ご容赦の程を。

 

ブレイド [Blu-ray]

ブレイド [Blu-ray]

  • ウェズリー・スナイプス
Amazon

 

 

 

 

地球は侵略されてたの!?「ゼイリブ」

1988年公開の映画「ゼイリブ」。ジョン・カーペンター監督の傑作SFホラーアクション映画です。

SFでもあり、ホラー的でもあり、アクションもあり…というジャンルを超えた映画ですね。

よくテレビでも放送されていたので、知っている方も多いかもしれません。

 

主人公ネイダは軍を辞めてから、職探しをしています。様々な街を渡り歩いているようです。

世の中は貧富の差が激しく、格差社会になってしまっています。

ようやく工事現場の仕事を見つけたネイダは、そこで働き始めます。

泊まる場所がないネイダを心配して、同僚のフランクは空き地の貧民キャンプ場を紹介します。フランクも出稼ぎでこの街に来ていて、そこに厄介になっているのです。

ネイダは隣にある教会に不審を感じ、ある日入ってみると、壁の隠し倉庫に大量のサングラスがあるのを発見します。

なにげなく、そのサングラスを一つちょろまかし、試しにかけてみると、普段の街の広告や本が、「従え」や「産み、育てよ」等の命令的なものになっている事に気付きます。

また周囲の人を見渡してみると、人間ではない、骸骨のような顔をした化け物が混じっているのにも気付いてしまいます。

その化け物たちは富裕層が多く、人間も気が付かずに普通に会話をしているようです。

「こんなのは気に入らない」、そう思いネイダはその真実を探る事にします。

 

大体のストーリーはこんな感じです。

 

まず、すでに1980年代にアメリカはもう格差社会だったのか、という事に驚かされます。それとも、ジョン・カーペンター流の反骨精神の現れでいずれこうなるよ、という風刺なのかもしれません。実際、今のアメリカ社会は格差社会のただ中です。

 

またカーペンターの資本主義社会への批判精神が脈打っていて、確かに購買意欲をそそるメディアが多いのは確かです。しかし、資本主義そのものを批判しているわけではないと思います。本人もその事について、言及しています。

 

サングラスをかけると世の中のカラクリが分かるという、設定も秀逸です。とても分かりやすい方法で、また、ウェアラブルというのもイカしています。

 

この映画でよく言われるのが、そのサングラスをかけるかけないで、フランクと長い大喧嘩をする場面ですね(6分程あります)。

最初は、ネイダ役のロディ・パイパーがプロレスラーだからなのかな?と思っていました。プロレス技の見せ場としてこのシーンがあるんじゃないかと。

しかし、何度かこの映画を観ているうちに、考えが変わって来ました。

人間だれしも常識とか、固定概念を持っているものです。

それを変える、というは、大変な時間とエネルギーを要すると思います。

いや、変えることさえほとんど出来ないと思います。

それを、このシーンは象徴しているのではないか、こういう風に思ってきました。

まあ、ジョン・カーペンター監督がそこまで考えて作ったかはわかりませんけれど。

 

そして、その化け物たちに対抗する組織があることも知り、一人の女性と知り合います。

その女性は全てのカラクリは「ケーブル54」というテレビ局から発信されているものと知ります。また化け物たちは宇宙人だということも分かってきます。

レジスタンスたちは、宇宙人の強襲でほぼ壊滅状態にさせられてしまいます。

交戦中、レジスタンスが入手した彼らの腕時計を、偶然起動させたネイダとフランクは、地下に張り巡らされた通路で、偶然貧民キャンプにいた男と出会います。その男はタキシードを着て、かなり様変わりした様子です。

彼から、すでに地球は宇宙人に占領されていること、富裕層や支配階級は宇宙人に牛耳られていることを聞かせれます。その男は宇宙人側に寝返った報酬として、不自由しない暮らしを約束されたようです。

その事実が気に入らないネイダとフランクは、その男に手引させて、電波を発信しているテレビ局に乗り込みます。

出典:「ゼイリブ」(1988)/ユニバーサル・ピクチャーズ

この映画は、プロパガンダをサブリミナル的手法で洗脳する恐ろしさを描いており、その意味ではホラーとも思える作品です。確かにこんな映画はハリウッドでは製作できませんよね。

そういった意味でも、ジョン・カーペンター監督の反骨精神の頂点に位置する映画だと思います。

 

乱筆乱文、ご容赦の程を。

 

ゼイリブ 通常版 [Blu-ray]

ゼイリブ 通常版 [Blu-ray]

  • ロディ・パイパー
Amazon

 

 

これが本当のビリー・ザ・キッドだ!「ヤングガン」

1988年に製作された西部劇「ヤングガン」。クリストファー・ケイン監督、エミリオ・エステベス主演。

 

西部開拓時代、牧場主のタンストールは一人の若者を雇います。すでに警護のため、若者を何人か雇っていたタンストールは、彼にも手厚くもてなし、「自警団」の一員として迎えます。

彼の名はウィリアム・H・ボニー。後にビリー・ザ・キッドの名で世間を知らしめた若き無法者です。21人を殺害し、21歳で死んだという伝説があります。

当時、リンカーン郡ではマーフィーという牧場主が、牛肉の利権のため、保安官をも抱き込んで、我が物顔で振舞っていました。

タンストールはそれに抵抗していたのです。

実際、業を煮やしたマーフィーはタンストールを無残にも銃撃の末、殺害します。

残された「自警団」のメンバーは、臨時の保安官に任命され、マーフィー一味を逮捕する任務を課せられます。

しかし、マーフィー一味を逮捕する以前に銃撃戦で多くの死者を出してしまった事から、マーフィー一味、引いては賞金稼ぎや軍隊までをも巻き込む戦いにまで発展していきます。

 

この映画には、エミリオ・エステベスの他に、チャーリー・シーンキーファー・サザーランド等、その後有名になった俳優さんが自警団として登場します。

この映画は史実としてはリアリティに欠けますが、エンターテイメントとしては面白い作りになっているのではないでしょうか。

時代考証はしっかりとしていて、ビリー・ザ・キッドの拳銃が当時は珍しかったダブルアクションのコルトM1877が使用されています。

 

なにより、エミリオ・エステベスの狂気じみたビリー・ザ・キッド役が、とても魅力的に描かれています。

勢いがあって、恐れを知らない、けっこう適当でやんちゃだけど、仲間(映画ではPALと呼んでいる)思いのところもあったりして、一筋縄ではいかない人物ですね。

実際、こんな人がいたら迷惑で関わりたくないですね、私は。

映画の中でも、自警団の面々は彼の無軌道かつ無謀な行動に辟易している様子です。それでもリーダーなのは、彼にカリスマ性があったからでしょうか。

それまでのビリー・ザ・キッドを題材とした映画の多くは、哀愁を帯びた「大人」の人物として描かれてきました。

脚本を担当した、ジョン・フスコはインタビューで、「現存するビリー・ザ・キッドの写真を見るとやんちゃないたずら小僧のような印象を受けた」というような事を話しています。

そこから人物像を膨らませ、今作のビリー・ザ・キッド像になったのではないでしょうか。

出典:「ヤングガン」1988/20世紀フォックス



自警団のメンバーも個性的です。

冷静で詩人のドク(キーファー・サザーランド)。常にリーダーであろうとする真面目なディック(チャーリー・シーン)。ナイフ使いのネイティブ・アメリカンチャベス(ルー・ダイヤモンド・フィリップス)。他にもチャーリー、スティーブという面々です。

出典:「ヤングガン」1988/20世紀フォックス



 

なにより楽しいのは、ビリー・ザ・キッドがためらいもなく、銃を撃ちまくるところです。クリント・イーストウッドのガンマンのように重々しい演出ではなく、バンバン撃ちまくるところが痛快なのです。

 

 

また、この映画の成功の一つは音楽にあると思います。

この映画の音楽を担当した、アンソニー・マリネリブライアン・バンクスはロック的なアプローチのサウンドトラックで、それまでの、いや、これ以降にもない、勢いのある活劇としての西部劇の演出に、とても貢献していると思います。

 

最後、一軒家に追い詰められ、周囲をマーフィー一味、賞金稼ぎ、さらには、軍隊まで登場して、ビリー・ザ・キッド一味を壊滅させようとします。

そんな絶対絶命のピンチの中でもビリーだけは全く動じず、軍隊の大砲を見て、「今の大砲見たか?でかいな!」などと言って、ドクを唖然とさせます。

やはり人間ピンチの時に、その人間性が表れるものですね。

そんな状況の中でも人を思いやる事を忘れないドク。何とか逃げ出す術を見つけようとするチャベス。当たり散らすスティーブ。

特にここでのチャーリーとビリーのやり取りはいいですね。恐怖ですくんでしまったチャーリー。しかし、勇気を振り絞って敵と戦います。そのチャーリーを見てビリーは「いいぞ!チャーリー!」と言いながら自らも二丁拳銃で撃ちまくります。

 

この映画の魅力は、単なるガンアクションでもなく、青春群像劇でもなく、「若さの衝動」を描き切ったところにあると思います。

80年代後半は西部劇が激減した時代でした。そんな時代に、この「ヤングガン」は常識を打ち破り、若さ溢れるバイタリティで、突然現れて、西部劇を復活させました。

まさに西部開拓時代のロックとでも言える痛快な仕上がりになっていると思います。

こんな西部劇、なかなかないのではないでしょうか。

事実、続編「ヤングガン2」が後年公開されます。個人的には「ヤングガン」の方が好きですが。

 

乱筆乱文、ご容赦の程を。